2008年4月6日日曜日

占いと説教

占いにハマッてます。

日曜日、京橋京阪モール5階に設置された複数の占い部屋の前を「どっち(の占い師)にしようかなぁ。。」という感じでうろうろしている怪しい中年男性を見た時は、まず私だと思って間違いないでしょう(でも声は掛けないように。かなり真剣な瞬間なので)。

占い嫌いの人① 「だいたい占いなんてさぁ、話を聞きながら、それを元に適当に一般論いってるだけジャン。金もったいないしぃ。」
占い嫌いの人② 「占ったところで、それで何の意味があると?あぁそうですかって、それで終わりじゃなかと?」

さまざまな批判意見にもめげず、私はせっせと占いに出かけます。ここの占いコーナーは日替わりで老若男女たくさんの占い師がきています。全国各地からのいろんな経歴を持つ占い師が、得意技(四柱推命・易・占星術・九星気学・タロット等など)を競い合ってます。占い通の私から見てもかなりのレベルといえるでしょう。

実際に占ってもらってると、結構当たります。生年月日だけでどうしてここまで? と思うぐらい自分の生き方、悩み事等事を言い当てられたりします。
口の悪い占い師には、「あんたそれじゃだめ、もっと○○しなきゃ。」と説教されたりしますが、
でも、不思議にちゃんとその言葉に真摯に耳を傾け反省する自分がそこにいます。

説教されていい顔する人はすくないです。私も説教は大嫌いです。親から注意されると、いまだに「ギャー」っと奇声をあげたりします。
でも見ず知らずの人(占い師)に説教されて素直に感動して受け入れるのは何故でしょうか?

それはやっぱり「見ず知らずの第三者」ってところがポイントなんでしょうね。
普段から接してる人から言われると、わかっているけど(わかっているからこそ)反発するのに、関係のない、しかも占いというオブラートに包んだ指摘だと、「そうなんですね、やっぱし。。」と素直になれたりする。。

一方で、人間年齢を重ねると、小さい頃のように、説教してくれる人が少なくなってきます。そういう中で、「誰かにしかって欲しい。注意して欲しい。」という欲求が心にあるのでしょう。日本橋には、母親代わりにしかってくれる「おかんカフェ」みたいなお店もできたそうです。

私はそんな店には興味はありませんが、やっぱり最後は、自分自身で常に厳しく評価しながら、かついろんな人の意見を素直に聞けるような人間になりたいなと思います。
(しばらくは無理そうなので、占いに通います。。)

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