2011年1月21日金曜日

控え目のすすめ

会場のみなさま!
私は只今をもちまして、日本控え目人間連合会会長に就任することを宣言いたします。

思い起こせば苦節40年、周囲から「おとなしすぎだ!」「何がしたいのかわからない。」「大皿に最後に残った食べ物をなぜ食べない!」と厳しい非難を受け、独身時代には何回合コンに参加しても相手の電話番号を聞けず、「それじゃとても結婚できない」と言われ、やっと結婚したかと思えば今度はお嫁さんから「はっきりしなさい」と叱られ、仕事先では「そんなことじゃ交渉事は任せられない。」「それじゃ人はついてこない。」等と怒られっぱなし。いばらの道を歩んでまいりました。
(場内控え目な嗚咽)

今ここにお集まりになられた控え目人間の皆様におかれましては、わたくし同様、大変な苦労をされてきたとお察しいたします。私は今、控え目な人間が、世の中から脚光を浴びるような社会を作り上げるため、非力ではございますが、全力を挙げて努力して参りますこと控え目人間の皆様にお約束致します。
(場内控え目な拍手)

ただ、先ほどある会員の方からご提案いただいた、日本出しゃばり、あっ失礼いたしました、日本強気人間連合会との公開討論会というものについては、わたくしとしましては賛成致しかねるところであります。
なにせ討論に勝てる見込みが全くございませんので。。
(場内控え目な笑い)

皆様、我々控え目な人間に未来はないのでしょうか?
控え目な人間は、結局おいしいところを全て強気人間にもっていかれるのでしょうか?
我々は、強気なオオカミに食べられてしまう羊たちの群れなのでしょうか?

いえ、それは違います。

まず第一に、たしかに控え目人間は、同じ実力の強気人間に、最初はかならず負けます。おいしいところを持って行かれます。 そして後には敗北感と悔しさが残ります。
でもそこで、その悔しさをばねに控え目であっても勝利できるように努力しようとする人間は努力を重ね、実力をつけていくのです。そして控え目人間がいったん実力を持つと、強気人間とはまた違うオーラが漂い、周囲も一目置く様になります。

一方で最初に勝利した強気人間のなかには、勝者としての誇りと、根拠なき自信を元に努力をおこたる人間もいます。彼らはのちに、敗者であった控え目人間と再会し、その実力を目の当たりにし、自分が勝者ではなかった事を悟ります。
ええ、きっと悟ります! 
そうならなきゃおかしい、きいいいいい! あっ、失礼いたしました。

そうです、控え目人間でも努力すれば強気人間に負けないのです。


第二に、世の中には、『こっちが控え目なのをよい事に・・・・』という人が大勢います。俗にゆう、『人が良いのにつけ込んで・・・』というやつです。こうゆう人達には、我々は非常に無防備です。
特に飛び込みセールス系、おれおれ系に対しては、よほど気をつけないと命取りとなります。
今日お帰りになったら玄関の表札の横を見てください、小さな字で『控』の文字があればもうあなたは悪徳業者に狙われています。速やかに消しゴムで消してください(笑)

一方で、身近にいる人との関係のなかではこれがプラスになる事もあります。
なにせ、控え目人間はなめられます。
でもそれを逆手にとれば、相手の出方によって、その人となり、極端にいえば本性を見抜く事ができます。
こっちがおとなしいのを良い事に自分の有利な様に利用しようとする人もいれば、性格に関係なく付き合ってくれる人もいます。
そうです、我々は相手の態度に一喜一憂する事なく、冷静に心の中で相手を品定めすれば良いのです。

第三に、控え目は日本の美徳であり、外国人相手には通用しないという考えがあります。特に欧米人に対してはまず自己主張しないとアホだと思われる、という論客もいるぐらいです。
そういう意見に対しては私は大学時代に、一ヶ月間アメリカの大学内にある英語教室に短期語学入学した時の経験をご紹介したいと思います。

中国や韓国、アラブ、アフリカ、南米など、世界各国から生徒が10人ほど集まりましたが、初日に現地の大学生も交えてそれぞれの国の紹介や、いろんな話をするちょっとした討論会がありました。英語に自信があり、また高い旅行代のもとも取らねばと、張り切っていた私は、渡米前から練りに練っていた原稿を丸暗記して、出だしから喋りまくりました。人の話の腰を折ろうがお構いなしです。控え目で対人恐怖症の私には考えられない暴挙でしたが、俺は今アメリカにいるんだぞ的な高揚した意識がそうさせたのか、一種の興奮状態でした。それでも内容的には他のだれが話している内容にも負けない自信がありました。
『こっちは渡米一年前からニューズウィーク年間購読して読んでるんだぞこら!』的な勢いでした。

ところがです。。現地大学生も含め、だれも私の話を聞こうとしません。先生まで無視です。。
すっかり打ちひしがれた私は、それでも意地でももとは取らねばという思いで、徹底的に自分はしゃべらず、でも周りの話には相槌を打ちまくるという作戦に切り替えました。それぞれの国の人が話すくだらない、いや失礼、変わった話を聞きながらうなずき、面白くないジョークには(最初はかなり引かれましたが)ダウンタウンの浜ちゃんのような関西丸出しの大声の笑いをささげ、ひたすら人の話しを聞きまくって、メモを取っていました。

そろそろ周りの人たちも、私の相槌と笑いに慣れてきたのかなと感じ始めた時、ふとアメリカ人の学生が、「トシ、日本ではどうなんだい?」と話しを突然ふってきたのです。 いきなりです。しかも彼の言葉と同時に、最初は見向きもしなかった人たち全員が僕のことを一斉に見てきました。 しかも顔が友好的です。外人なのにニヤニヤしています。 びっくりした私は顔を赤らめながら、最初にした話しをもう一度しました。す、すると、なんとみんな、(はぁ~なるほどぉ~)という表情を顔に浮かべてうなづいてくれます。僕はその時、やっぱりどこの国にいっても、まずは相手の話聞かなあかんなぁと悟ったのです。
みなさん、控え目人間でも外国人と友達になることはできるのです。


最後に、私は決して控え目な人がいいとか、強気が悪いとかいうつもりはありません。
強気でどんどん物事にぶち当たって行って、その都度進路を変えながら実力をつけていくタイプの人もいるでしょうし、さまざまです。
要は控え目であろうが、強気であろうが、それは性格であり、それで損得を計算したり嘆いたりするのではなく、自分の性格なりに頑張れば、どんな人でも成功できると信じたいのです。
こう申し上げまして、日本控え目人間連合会会長就任の挨拶と致します。

皆様ご清聴ありがとうございました。

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