2009年6月23日

タクシーの運転手さんはやさしかった。

先日、里帰りから戻って来てくれた奥さん新大阪まで、車で迎えに行った時の事。

新御堂を飛ばしながら降りて、新大阪駅の2階出迎え道路まできましたが、車を止めるスペースがなく、また時間も30分ぐらいあったので、「まぁいいか。」と1階の駐車場に止めようとしました。

でも1階駐車場も満車で止める場所がありません。「まぁいいか。」と、駐車場が空くまで周りをぐるぐるしようと、駅前の2つに分岐している道路を右に曲がってしまいました。それがなんと客待ちタクシー専用の通路だったのです。。

Uターンできるスペースがほとんどなく、唯一広くなっている場所でUターンすべく切り返そうとすると、後からきたタクシーの運転手さんが窓から腕を出して、「そのまま前に進まんかい!」といわんばかりに握りこぶしを天高く振り上げています。 怖くなった私は、そのまま狭い道なりにすすんで、2階に上がって来てしまいました。そのときに私が見たものは。。

客を乗せるために並んでいるタクシーの群れ。。ざっと100台近くありました。自分の置かれた立場を一瞬忘れ、その壮大な光景に息をのみました。。これだけのタクシーが、テーマパークの人気アトラクション前のように、規則正しく、じわじわ進んで行って端に着たらUターン、そしてまたじわじわ進んで行っては。。と、氷河のごとくゆっくりと進んでいます。 

 でもすぐにわれに返り、途方に暮れてしまいました。しかも周りのタクシーの運転手さんはみんな僕の方を見ています。なにやらいろいろ叫んでいるようです。 
 そういえば、規制緩和と不況の波を受け、タクシー業界は非常に大変だと聞きます。。少ない客の取り合いが激しいと聞きます。。 厳しい状況におかれた運転手さんたちは大きなストレス下にあると聞きます。。そんな中に紛れこんだ、子羊の運転する車。。 僕はいったいどうなってしまうのでしょうか?

 正直生きた心地がせず、窓を閉め切ったまま、前後左右の視線を無視しながら流れに任せていました。でもそんな僕の抵抗にもすぐに終止符が打たれます。なんと、一番最初から激しく叫んでいた後ろのタクシーの運転手さんが、ついに車を降りて 私側の窓を激しく叩いたのです。。

 ところが観念して窓を開けた私に、顔を30cmぐらいまで近づけてきたのは、怖い顔をした、とてもやさしく気さくなおじさんでした。
「おい兄ちゃん、この先の突き当たりに小さな鉄製の柵があるから、そこで車を降りて、柵をどけたら外に出れるから、それまで辛抱しぃや!」
その怖い顔のおじさんがなぜか涙でにじんで見えました。
その後、窓を開けたままにしていると、すれ違うタクシーから、「大変やなぁ。」 「出る方法聞いたか?」と次々とやさしい声がかけられます。

結局30分ぐらいで外に出れたのですが、久しぶりに人の優しさを肌身で感じた気がしました。

人は苦しい環境におかれると、お互いを助け合おうとするのかもしれません。
そういえば、船乗り時代、休暇中にずいぶんいろんな国に行きましたが、先進国の人たちは、非常にクールな印象を受けましたが、貧しい国の人たちは、お互い助け合いながら生きていくために、非常に人と人とのつながりが強い気がしました。

結婚して、自宅と職場の往復を繰り返しているうちに忘れかけていた、人と人との関わりを思い出した気がします。

当院にもさまざまな病気を抱え、そしてさまざまな生活の悩みを抱えた患者さんが来られます。そういう方々に、心から頼りにされるような人間的な暖かさをもっと磨かなくてはと改めて思いました。

2009年6月19日

政治の話

 ほんとに久しぶりの投稿となりました。去年の8月以来だから実に10ヶ月になりますね。。その間仕事で忙しかったり、ソケイヘルニアの手術を自分の病院で受けたりと、忙しさにかまけてブログの更新を行っておりました。申し訳ありません。

 さぁ、久々に何を書こうか迷いながらテレビをみていると、総務大臣の辞任問題が取り上げられていました。さて、この問題、郵政の西川社長と鳩山大臣の言動ばかりに報道が行き、果たして何がどう問題なのか、新聞やテレビを見る限りではまったくはっきりしません。

 かんぽの宿を安値で売却しようとしたということですが、それが本当に客観的に安値なのかどうかという解説は皆無で、テレビを見ていても二人の対決劇ばかりが取り上げられています。

 かんぽの宿の売却額の是非については、不動産の専門家の意見を聞けば、ある程度どちらが正しいのかはっきりするはずなのですが、そういう論点はないようです。

 また、最近、新聞やテレビで、「説明責任」って言葉がよく出てきますが、意味がよくわかりません。問題は、説明するかどうかって事より、実際にやったことが良いのか悪いのかということでしょう? 悪いことをしておいて、説明をしっかりしたからよし、となる訳がありません。 新聞やテレビの解説者の「説明責任が求められます。」といった論調は、なにか、(はっきりと良し悪しを報道する)リスクを犯さず適当に説教たれているようなそんな感じがしますね。

 まあ私にとっては、西川社長が首になろうと、鳩山大臣が新党を作ろうと、どうでも良いのですが、一時的なワイドショーではなく、問題の本質をちゃんと詳しく報道してほしいなと思います。
そうでないと、事実とは別に、感情や雰囲気に流されていく社会になると思います。

 日本政府は、7か月ぶりに月例経済報告で「悪化」という文字を排除したそうです。そうであれば次の100年は極めて明るい未来がまっているはずですね! なんていったって、「100年に一度の危機」でさえも景気悪化が6か月で終わるのなら、次の99年はどんなに景気が悪化しても数か月しか続かないことになるからです!! 私がいいたいのは「100年に一度の危機」という造語は大げさであって、人々(市場?)がそれに振り回された(それがさらに景気を悪くした)のだ、ということです。

 鳩山さんの話もそうですが、僕は政治の話を他人とはしません(まぁ多くの人も一緒かと思いますが)。政治の話になったとたん、どちらが正しいという理屈よりも、「君はどっちの政党だ?」 「だれの見方かね?」という目で見られるので、うかつな事はいえません。特に熱心に特定の政党を応援している人たちがそうです。 でも彼らの気持ちもわかります。一生懸命応援している政党のことを、たとえ非があると認識していたとしても、認めるわけにはいかないのです。それは一緒にがんばっている仲間たちへの裏切りにもなります。

 政治に限らず、どんな世界でもそうかもしれません。船員時代、同じ釜の飯を食った船乗りの仲間同士の連帯感はすごくて、その中にいれば非常に居心地がいいのですが、ふと、「これはおかしいんじゃないかなぁ」と思ったことも、それが船員社会にとって厳しい指摘であったりすると、口に出した途端に、非常に冷ややかな空気が流れ、結局、仲間はずれになります。

 僕が船乗りをやめようと思ったのも、いろんな世界を見たいという気持ちと同時に、(本当はこれ間違ってるんじゃないだろうか。。)と思いながらも、立場上、あるいは仲間たちの手前、本意に反して否定しなければいけない。 そういう生き方は絶対にしたくないと思ったからです。もちろん、責任ある立場では、そうは思っていても否定しなければいけない瞬間もあるでしょう。 でもそれを自問自答し、忸怩たる思いでずっと働き続けていくのは、僕の好きな生き方ではありません。


 当院でも、新入りのしかも経験の少ないスタッフに、予想外の業務上の指摘(これおかしくないじゃないですか?みたいな質問)を受けてどきっとすることがあり、そのつど(不本意ながら)むっとして赤面したりしますが、後で一人になって落ち着いてから、(そうなのかなぁ。。)とその指摘をちゃんと受け入れて検討するようにしています。

どの業界でも、結局主役はエンドユーザー(お客さん)。そこを忘れたらプロ意識もなにもないのですから。

2008年8月7日

素人のつっこみ

プロが、素人から質問を投げかけられて、
「そんな素人考えではだめだ」
とか、
「あなたねぇ。。私はこの世界で何十年も。。」
と返答するとき、そのプロは予想しないつっこみに動揺しているか、あるいは即答できない事を無意識にごまかそうとしています。

プロとしてさまざまな経験を何年もにわたって積んできた人でも、その業界の事を何も知らない人達からの、素朴な(でも鋭い)質問を受けて、うろたえることがよくあります。
それは、素人は業界の常識を無視した質問をするからです。

私が10年も船に乗って陸上勤務となった時、2000年の8月に初めて不定期船運航チームの「船の現場を知らない素人達」の上司として、上目線で勤務を開始した日に、チームのみんなが歓迎会を開いてくれました。
「船に何年も乗って仕事してきたなんてすごいですねぇ~」とおだてられて、さらに背筋を反り返らせながら、「まぁ、船のことなら何でも聞いていいから。」と調子に乗る私が最初にうけた質問って、何だったと思いますか?

「すいません。船って鉄の塊なのにどうして浮くんですか?」

「・・・。」

場がしらけるほど、なんにも答えられませんでした。
と同時に、(俺って、こんな単純な質問にも答えられないの?)と、今までのプライドが吹っ飛んで、その後の事はほとんど覚えていないぐらいにへこみました。
(こんな常識を、何故かと聞かれて即答できないのは、どういうことなんだろう。。)と。

でもおかげで、このとき以降、自分の中で無条件に信じてきた、いわゆる常識を一から見直してみる癖が生まれました。その結果、それまで当たり前だと考えて来たことにも、いろんな例外もある時もあるのがわかり、さまざまな困難に遭遇した時の対処の仕方、考え方が柔軟になり、非常に役に立ちました。

思い出してみてください。
あなたは、小学生の時にすべてのテストが100点だったでしょうか?
中学生の時は?

物事の判断をするときに、人は自分の脳のデータベースにアクセスしてそれと照合することによって結論をだすわけですよね。
ところが、自分の判断の拠って立つ根拠となる知識が、仮に小学生のテストのように80点だとしたら、
20%は間違っているわけですよね。
仮に、たがいに因果関係にある2つの事実によって形成されている物事を判断する場合には、
1つ目で80%の正しさ、2つ目で80%の正しさで物事を判断したとすると、2つの事実を基にしてする判断は、0.8×0.8=0.64で、あなたの判断にはすでに36%の狂いが生じている可能性があるわけです。

これは極端な例ですが、仮にここまで行かなくても、これが自分が信頼していた脳というコンピューターの現実だとしたら、結構な狂いだと思いませんか。

「これは絶望的だ。絶対にできない。」という困難な状況に遭遇したとき、本当に100%できないのか、(自分の気づいていない)例外が発生する可能性はないのか、常に考えることで、危機的な状況を乗り越えられる可能性が出てくる場合もあるんですよね。

プロでありながら、常に素人の視点を忘れず、思い込みをせず、常に謙虚に。
これができれば、苦労しないんですけどね。。

2008年6月8日

説教の魅力

長い人生、誰もがいろんな苦労をします。
そしてそれぞれの努力と持ち味で、その苦難を乗り越えた時、人はその成功談、苦労話を誰かに聞いてもらいたいという衝動にかられます。

たとえば仕事。入社してからずーっと順風満帆、ストレスやトラブルなしでやっていけることなんかありません。殴られても殴られても起き上がって向かっていくぐらいの気持ちが必要です。

で、そんな感じで5年もすると、自分のペースで進めれるようになり、周りの見る目も少し変わってきます。さらに10年目ぐらいになると、自信に満ち溢れ、もう怖いものなしです。眼光鋭く狼のような貫禄すら出てきます。 

そして、そんなとき新入社員が入ってきます。業界の右も左も分からない真っ白な子羊が、「めぇ~」と忙しい中で右往左往していると、一発ガツンと注意したあとに、ついつい、「俺の時はなぁ、・・・・」などと説教が自然と出てきます。
うざがられているんだろうな。。と察しつつも、やめられない、この説教。 どうすればいいのでしょうか?

これまで多くの人たちと仕事をしてきた私に言わせてもらえば、説教にはして良いものと、悪いものがあるのです(すでに説教調)。

私は、船会社に在籍中、約10年間船に乗った後、(プロフィールには書きませんでしたが)2年半の本社勤務(東京新橋)を経験しました。

10隻の船で、のべ数十名の上司に仕えてきた船員時代から一転、本社勤務となり、不定期船の運航管理チームに、初の船員経験者として、鳴り物入りで(?)いきなり20代の入社1~5年目ぐらいの社員達(約9名)の上司として仕事しました。
この部署の業務は、原料・穀物等を運ぶ船の運航全般の管理(荷主、船主との交渉、貨物の積み付けプランの監督・指示、航路や寄港地、燃料補給地の選定、手配、その他運航に関する事全て)です。10人のチームで、多いときは150隻以上の持ち船の運航を担当します。世界各国に散らばる船ですので、24時間休みがありません。超多忙です。まさに寝てる時間以外は常に仕事をしているぐらい、忙しいのですが、当時30才になりたての僕に、若い部下が担当船のトラブルなどで、ひっきりなしに相談してきました。
(実際にあった相談例)
難易度1
①アメリカの積地で貨物が十分になく、出航時間が遅れそう。
→「たいした事ないよ。船長に情報を逐次報告させて、それを日本の荷受人の商社に伝えろ。というかそんな事ぐらいでいちいち電話してくるな。ちょっとは自分で考えろ!(怒)」


難易度4
②アメリカ東岸で穀物を積んだ船が、貨物を積み過ぎてパナマ運河航行制限喫水をオーバーしていることに気づかず、そのままパナマ運河東入り口に到着して、パナマ当局から指摘(および通航拒否)される。船長より担当者携帯へ緊急電話が入る。

→「まじかよ、やべぇぞそれ。。日本のお得意先への貨物じゃないかよ!くそっ、夜中に頭がはたらかねぇなぁ、ゴンゴン(自分の頭をたたく音)。。①積港へ戻らせるのは、時間がかかるし、積地で対応してくれるかどうかまったく不明だし、やっぱり、、、②パナマ運河入り口で、ほかのクレーン付きのバージ(船)を手配し、つみすぎた貨物をいったん陸揚げするしかねぇなぁ、でも莫大な費用と時間ががかかるなぁ。。次の部内会議で、お前と俺2人で、部長からつるし上げ食らうぞこりゃ。。 ・・・。 おい待てよ!それ以前に、その船は当社の船じゃなくて、用船契約してる(船員ごと借りてる)だけの船じゃないか。船の船長に電話して、それはお前のミスで積み過ぎたんだから、船主責任だ、すぐにお前のところの船主にクレーン付きバージを手配させろと強く主張しろ!」


冷や汗度5
③アメリカ西岸で小麦を積んで日本に向けて太平洋のど真ん中を航行中の船から、担当者自宅へ夜中3時頃FAXが届く。。
 ”///緊急///緊急///緊急///船の燃料が足りないので、日本まで届かない。指示を待つ”

→「どっかーん。 なんちゅう船やそれ。。 積地出航してもう3日走ってるの? いまさら、後戻りできないなぁ。。うーん。船に減速超省エネ航行で日本まで届くか聞いてみろよ! それから、最悪の場合は、かなり遠回りになるけど、南下してハワイに寄港して補油だ!まてよ、ハワイの燃料はかなり高騰して玉もタイトだって燃料チームから連絡あったとこだったなぁ。 ・・・。 とにかく今から会社に行って、二人で検討しよう。始発はまだ? 馬鹿野郎、タクシーでくるんだよ!!」

こんな数々の難題を抱えて、部下達は私に夜中であろうがなんであろうが、バンバン電話をかけてきました。仮に電話に出れなくても、出るまで何度も執拗にかかってきます。ストーカーでもここまでしつこくないでしょう。

でもそんな時、私がどんな状況でも絶対にしてはいけないと自分自身に言い聞かせていたのは、部下からの「助けてください、何とかしてください!(くるしぃ~)」という相談に、決して一般論(本来こうあるべきだ論)や昔の自分の話などで逃げないこと! 相談してくる部下は、一般論なんてどうでもいいのです。身に降りかかった火の粉を、とにかく消してくださいという切実な救いなのです。 それを助けてやらなければ、説教も、結局は自己満足で、なんの役にもたたたないものに終わってしまいます。

部下からの相談には、具体的に「○○しろ!」と指示します。そして、あとの事は自分が全て部下に代わって(あるいは一緒に)カバーします。 
そして、トラブルがひと段落した数日後に、新橋の行き着けの日比谷ビル地下1階「そじ坊」で酒を飲みながら、仕事の説教や自分の自慢話を好きなだけすると、助けてもらった部下は、何の抵抗もなくそれを聞いてくれます。
でもやっぱり、最後の会計は自分のポケットマネーで。。(今度は私がくるしぃ~)

「そんなにかっこ良くなかったっすよ!」という当時の部下の声が聞こえてきそうですが、私の持論は垣根の外から説教するようではだめだということです。

当院に来て5年、女性スタッフが私の説教に耳を傾ける日はくるのでしょうか?

2008年4月20日

テキーラの思い出

テキーラを飲むと、陽気なメキシコ人達との楽しい思い出がよみがります。

「ロベルトさん、ガルシアさんは元気でいるのかな?」と久しぶりに思い出したくせに心配したりもします。

「オラ、ロベルト!ケタル?」等と片言のスペイン語が飛び出すようになったら、もう完全に出来上がりです。

僕が鉱石船に二等航海士として乗船中、元メキシコ駐在員だった船長にメキシコの魅力を教えられ、喜び勇んでメキシコとキューバに旅立ったのがちょうど10年前の1998年。なぜ覚えているかというと、その船長の部下だった現地法人の従業員ロベルトさん、ガルシアさん達と、昼間からテキーラを飲みながら、Wカップフランス大会の日本の相手の分析をしていたからです。

初めてストレートで飲むテキーラの味わいは強烈でした。サボテンのとげとげが刺激して喉から胃が熱くなるような感じです。縦長の瓢箪のようなグラス(1人用)に入れられるテキーラをぐびっと飲んで、すぐにライムの半切りに塩をかけたのを、口につけて指で絞ると、くーっ、しびれる。。。

その種類についてもいろいろと教わりましたが、ほとんど忘れました。でも、メキシコでは平日の昼間から酒を飲んでもいいのかという僕の素朴な説明に、ロベルトさんは、「ここメキシコではお酒を飲みながら商談をしたりするのさ。それにお昼3時ごろまでお酒を飲んでも、またオフィスに戻って7時ごろまで仕事をするんだよ、アミーゴ」と流暢なスペイン語で答えてくれましたが、そのお店を出た後直帰していました。

キューバリブレ(キューバリバーという違う呼び方をするお店が実に多い、嘆かわしい。。)を飲むと、楽しいキューバでの思い出とサルサのリズムがよみがえります。

キューバのエメラルドグリーンの美しい海を思い出し、(傍から見ると盆踊りに見える)上手でないサルサのステップを踏み出すようになったら、もう完全に出来上がりです。

音楽を聞いて、その当時の出来事を思い出すというのはよくいわれますが、船に乗って流行曲に疎かった僕の20代の出来事は、お酒を飲む事で思い出せるのです。

サンミゲルというビールを飲めば、フィリピンでのホームステイ先の家族のことを、そしてつまみに食べた「バロー」と呼ばれる孵化寸前のアヒルのゆで卵の鮮烈な味を思い出し、タガログ語でしゃべり出したらこれまた完全に出来上がり。

ウォッカをストレートで飲めば、商船学生時代、大学近くの港に着いたロシアの客船の訓練生とその船室で、ジャガイモみたいな食べ物を食べつつ、彼らのギターの弾き語りを聞きつつ、ウォッカをいっきで飲まされた時を思い出し、男ばかりの船室に入ってきて、やはりウォッカをいっき飲みしていった黒髪の若い女性はきれいだったなぁとつぶやきだしたら完全に出来上がり。

これからもいろんなお酒を(ほどほどに)飲みながら、思い出を作って行きたいと思います。

2008年4月19日

中途半端のすすめ

中途半端って悪いことですか?

長引く不況の今、時代は本物を求めています。NHKのプロフェッショナルという番組では、ひとつの事(仕事や研究、スポーツ等)に長年取り組み成果をあげた人にスポットライトを当てて、その生き様を紹介しています。

一つの事にとことんこだわり抜く姿勢が「本物」であると評価される時代なのです。 

しかし、中途半端な人に逆風の嵐が吹き荒れるこの時代に、胸を張って中途半端に生きている人がいます。私です。

ブログの自己紹介で公表していますが、私は10年も船に乗って、いよいよ船長の辞令が下りるという直前に船乗りを辞めました。その瞬間、「元船長」という肩書きを失いました。「プロフェッショナル」に出演し、茂木健一郎さんと、髪型が似た者同士で対談するチャンスも失いました。

でもそれと同時に得られたものもあったんですね。それまで自分が全てだと思っていた船乗りという職業を客観的に見れるようになった事。船員仲間と「俺たちゃ船乗り、陸の連中とは違うんだぜぇ」みたいな感じでつるんでいた場所から飛び出し、医療機関という、これまた一種独特の職業意識を持つ人たちの世界に新たに足を踏み入れられた事。

「本物志向」の考えからいえば、まったく無知の世界に飛び込んで、また一から仕事を覚えていくなんて、これまでの10年間を無駄に過ごしたことになるかもしれません。でも逆の言い方をすれば、違う仕事をまた一から覚えることができるのです!

話は変わりますが、スポーツって、上達するまでの過程が楽しくないですか? 下手な段階からうまくなるまでの間って、伸びシロがすごくあるし、どんどんいろんな技を覚えたりするのがうれしくなったりしますよね。

でも、ある程度上達してしまうと、技を覚えるより、むしろ技をさらに磨く苦労、そしてミスをしてはいけないというプレッシャーが出て、それまでの攻めの姿勢から、なんとなく守りの姿勢に変わって行きます。伸びシロも以前ほどないでしょう。

同じように、私が船乗りをやめようと決意したのも、船長になって、それまでの10年の船員としての経験の集大成としてこの道を極めるよりも、まったく違う世界でまた新たな知識・技術を吸収したいという気持ちが非常に大きかったからです。 中途半端な人生の選択肢かもしれませんが、それでも仕事を本気で習得する熱意は誰よりも強く、常に持っていたいと思います。

当院に来て5年、まだまだ伸びシロはあります。全力で夢中になりながら、これからも頑張って行きます。

2008年4月6日

占いと説教

占いにハマッてます。

日曜日、京橋京阪モール5階に設置された複数の占い部屋の前を「どっち(の占い師)にしようかなぁ。。」という感じでうろうろしている怪しい中年男性を見た時は、まず私だと思って間違いないでしょう(でも声は掛けないように。かなり真剣な瞬間なので)。

占い嫌いの人① 「だいたい占いなんてさぁ、話を聞きながら、それを元に適当に一般論いってるだけジャン。金もったいないしぃ。」
占い嫌いの人② 「占ったところで、それで何の意味があると?あぁそうですかって、それで終わりじゃなかと?」

さまざまな批判意見にもめげず、私はせっせと占いに出かけます。ここの占いコーナーは日替わりで老若男女たくさんの占い師がきています。全国各地からのいろんな経歴を持つ占い師が、得意技(四柱推命・易・占星術・九星気学・タロット等など)を競い合ってます。占い通の私から見てもかなりのレベルといえるでしょう。

実際に占ってもらってると、結構当たります。生年月日だけでどうしてここまで? と思うぐらい自分の生き方、悩み事等事を言い当てられたりします。
口の悪い占い師には、「あんたそれじゃだめ、もっと○○しなきゃ。」と説教されたりしますが、
でも、不思議にちゃんとその言葉に真摯に耳を傾け反省する自分がそこにいます。

説教されていい顔する人はすくないです。私も説教は大嫌いです。親から注意されると、いまだに「ギャー」っと奇声をあげたりします。
でも見ず知らずの人(占い師)に説教されて素直に感動して受け入れるのは何故でしょうか?

それはやっぱり「見ず知らずの第三者」ってところがポイントなんでしょうね。
普段から接してる人から言われると、わかっているけど(わかっているからこそ)反発するのに、関係のない、しかも占いというオブラートに包んだ指摘だと、「そうなんですね、やっぱし。。」と素直になれたりする。。

一方で、人間年齢を重ねると、小さい頃のように、説教してくれる人が少なくなってきます。そういう中で、「誰かにしかって欲しい。注意して欲しい。」という欲求が心にあるのでしょう。日本橋には、母親代わりにしかってくれる「おかんカフェ」みたいなお店もできたそうです。

私はそんな店には興味はありませんが、やっぱり最後は、自分自身で常に厳しく評価しながら、かついろんな人の意見を素直に聞けるような人間になりたいなと思います。
(しばらくは無理そうなので、占いに通います。。)