2011年12月19日月曜日

早朝出勤の理由(わけ)

私は社会人になってからずっと、他の社員より3時間以上早く出勤しています。







(右はスエズ運河航行中エラそうに写真に写る私)

船員時代は、3交代制の勤務ですので、他の航海士の邪魔にならないよう、航海当直に入るのは定時でしたが、 それでも、甲板や船倉のチェック、積み付けプランや航海計画の策定等、それはもう皆様にお見せたいぐらい真面目に仕事をやってから船橋に上がっていたものです。

陸上勤務となり、社内で一番過酷な部署と言われた、不定期船運航(オペレーション)チームに送られた際には、 毎日朝5時半に、全社一番乗りで出勤し、広いフロアで一人パソコンを立ち上げて缶コーヒー片手に、海外の代理店や本船船長とのやり取りを通しての本船の動静や積み付けプランのチェックおよび国内のお客様や船主さんへのメール連絡、補油計画や次の航海のスケジュール調整等を行っていました。
やがてそれらの仕事が終わる頃、始業開始30分前となり、社員が続々と出社してきます。ほっとして安堵の表情を浮かべながら、「ふーっ。。やれやれ、面倒なのは片付いた。さぁ今日はこれから何やっていこうかな。」と考えている私とは対照的に、出社してくる皆一様に緊迫した表情です。目が尋常ではありません。出社して来たばかりだというのに焦りの色が隠せません。
慌ててパソコンの電源を入れる際、昨夜飲み残した缶コーヒーを倒してしまい、汚れた机の書類を拭こうにもティッシュが見つからず、 慌てているうちにスボンもコーヒーで濡らしてしまうバカ、あっ失礼、慌て者もいます。

そして9時の始業のチャイム。学校のチャイムとは違い、いわば戦闘開始の合図です。夜間に海外から来ていた100通以上のメールに加え、国内、そして社内のメールもドシドシ入り、社内外から電話はバンバンなり、そこはまさに戦場。
そんな戦場の中で両手を上げてストレッチをしながら、自分の世界で仕事をしている私は、相当浮いていたと思います。
なんせ、その日の雑用関係は朝の3時間で終わらせており、連絡関係もメールで済ましているので、電話もほとんどかかってきません。
あとは時間のかかる仕事を自分のペースでどんどんこなしていくだけ。

とここまで言うと、たとえ本当の話であっても「かっこよすぎんじゃねぇーの?」「結局、自慢じゃねぇー↗?」という若者からのクレームも来そうですので、ここまで早朝出勤にこだわる理由(わけ)をお教えしますね。
私はこの40年間、商船大学に現役で受かった事以外は(えっまた自慢?すみません。。)一発勝負でほとんど勝った事がありません。
スポーツにしても仕事にしても全てそうです。学生時代は、サッカー、剣道、硬式野球、それぞれ相当本気でやりましたが、試合で活躍できた事はほとんどありません。
中学時代のサーカーでは、初めて試合に出してもらった時、しかも小学生チーム相手ですが、ミス連発でボロ負け、剣道の大会ではいつも得意の「面」(解説①竹刀で相手の頭頂部を激しく叩く事)を連発して試合を優位に進めながらも、逆転の「出甲手」(解説②面の得意な相手が調子に乗って面を打ちにくる動きっぱなに、右手首のあたりを竹刀でえげつなくしばく事)を食らって負けていました。
硬式野球では、ずっと補欠でしたが、レギューラー陣が監督とけんかして、やけになった監督が僕を4番ワーストで起用してくれましたが、最初の打席でインコースの直球を無理やり打ちに行き、硬式球を右手首にあててボキッ(骨折音)。
仕事も、最初のうちは全くできず、上司からもいつも同期と比べられて、いかに仕事ができないかという事を気がおかしくなるぐらい言われました。

そんなことがあり、私は同じ土俵で試合をすれば絶対に負ける。という明確な認識を常に持っています。
ですので、そんな私でも仕事で活躍できる方法はといえば、早く始める。まぁスポーツで言えばフライングですが仕事では失格にならないでしょう。
(もっとも、早朝出勤で時間外等一切つけた事がなく、そんな事をされては困ると上司に注意された時は参りましたが)

当院に来て7年目になる今でも、朝6時前には出社して仕事を始めています。
9時に診察が始まるアナウンスが流れ、スタッフも患者も緊張した表情を浮かべる中、一人安堵で余裕のニヤニヤ顔をした、もじゃもじゃ頭のオヤジを見たら、それは間違いなく私です(笑)。

2011年4月12日火曜日

中部大学武田教授

私はしがらみにとらわれずに、言いたい事を発言する評論家が好きなのですが、武田教授はその中の一人です。福島第一原発の事故についての彼のコメントは普段テレビで見慣れた評論家と違い、非常に明快で本質を語っている気がします。 →  http://g2o.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-9a5a.html

2011年4月2日土曜日

まずは「ごめんなさい」

業種によってかなり違いますが、お客さんから苦情、クレームは常にあり、それが時としてモメ事に発展するケースがあります。

私は、昔から対人恐怖症で、しかも普通の人であればそういった経験を一番積むであろう大切な20代にずっと船に乗ってカモメが唯一の友達だったぐらいですから、当院に来た当時、クレーム対応はまさに恐怖の一言でした。

人に怒られるのが怖いということではありません。
船乗りの特に最初の3年間は、まさに目から火が出るほど船長に怒鳴り倒されました。
陸の人でしたら、どんなに怒られても会社を出れば、友人や家族に愚痴も言えますが、船乗りは、上司と食卓も囲めば、一緒にテレビも見る。。四六時中狭い空間で一緒に生活しているのです。。
ですので、怒られることへの耐性は十二分にありました。

私が怖かったのは、お客さん(患者さん)というものへ接すること自体が未知の体験だったからでしょう。

いろんな本も読みましたし、いろんな人の意見も聞きました。

その中で、クレーム対応の経験が少ない割に生半可な知識を持っている人達の代表的な考えとして、

 1.相手にあやまってはいけない。非を認めてしまうことになるから。
   (弁護士でもないのに、裁判に負けてしまうと断言する人までいます)

 2.特にクレームの常習犯や、こわい人に対しては、低姿勢ででると付け込まれるので、断固として、強い姿勢で出ないといけない。

というのがあり、最初は私もそう思っていました。


でもあれから8年が経ち、それなりにいろんなクレームに向き合って来た私は、最初は「ごめんなさい」から入ります。もちろん言葉だけでなく、申し訳ないという心を持って接します。
当院に来ていただいている患者さんが怒ってしまっている。。これだけで無条件で「ごめんなさい。」だろうと思うのです。そしてこの言葉で、私が相手の意見を聞く耳を持っていると患者さんに思ってもらえます。

怒っている人に正面から向き合っていくのは、大変しんどいことです。心の体力を要します。でもそれが問題解決の一番の近道です(逆にテクニックでかわそうとすると結局遠回りになります)。
もちろん怒っている内容が、相手の勘違いや、どう考えても当院に責任のない事もありますが、決して特別扱いする必要はなく、それはそれでしっかりと相手と向き合いながら説明すればよいのです。

最初の心からの「ごめんなさい」の言葉。そしてその後、怒りをしっかり受け止めたうえでの話し合い、これによって、「話は聞いてもらえた。怒りは理解してもらった。」と、相手の気持ちは相当やわらぎます。
そして最後は、「忙しいときにややこしい事言ってすんませんな!」という優しい言葉までいただけるケースがほとんどです。

でもこのクレーム対応、体力と時間を要します。できればクレームが出る前、「このままやと、おこりはるでぇ~」的な危険探知能力が非常に大切です。
いつもと違い表情が硬い患者さんを見つけた時、患者さんを長時間待たせそうな時、あるいは前回こちらのミスで迷惑を掛けた時など、最初にこちらから一声かけておくかどうかで、その後の相手の気持ちが全然変わってきます。

そして最後に、怖い人、あるいは悪質なクレーマーの対処ですが、これも基本は全く変わりません。
特別扱いしたり、逆に強い態度で出ることが、相手にとっては絶好の突っ込みどころとなります。

当初はむちゃくちゃな言い分を言ってきた相手に発した不用意な一言。
それが「患者さんにそんな言い方はないやろう。」と、つっこまれては一気に形勢逆転、相手の思うつぼなのです。

当院に来て8年、心の体力をつけた私が帰宅して、嫁さんに最初にいう言葉は?
「ごめんなさい。ちょっと寄り道してしまいました。。」

仕事も家庭も、体力使いますね。。
 

2011年1月21日金曜日

控え目のすすめ

会場のみなさま!
私は只今をもちまして、日本控え目人間連合会会長に就任することを宣言いたします。

思い起こせば苦節40年、周囲から「おとなしすぎだ!」「何がしたいのかわからない。」「大皿に最後に残った食べ物をなぜ食べない!」と厳しい非難を受け、独身時代には何回合コンに参加しても相手の電話番号を聞けず、「それじゃとても結婚できない」と言われ、やっと結婚したかと思えば今度はお嫁さんから「はっきりしなさい」と叱られ、仕事先では「そんなことじゃ交渉事は任せられない。」「それじゃ人はついてこない。」等と怒られっぱなし。いばらの道を歩んでまいりました。
(場内控え目な嗚咽)

今ここにお集まりになられた控え目人間の皆様におかれましては、わたくし同様、大変な苦労をされてきたとお察しいたします。私は今、控え目な人間が、世の中から脚光を浴びるような社会を作り上げるため、非力ではございますが、全力を挙げて努力して参りますこと控え目人間の皆様にお約束致します。
(場内控え目な拍手)

ただ、先ほどある会員の方からご提案いただいた、日本出しゃばり、あっ失礼いたしました、日本強気人間連合会との公開討論会というものについては、わたくしとしましては賛成致しかねるところであります。
なにせ討論に勝てる見込みが全くございませんので。。
(場内控え目な笑い)

皆様、我々控え目な人間に未来はないのでしょうか?
控え目な人間は、結局おいしいところを全て強気人間にもっていかれるのでしょうか?
我々は、強気なオオカミに食べられてしまう羊たちの群れなのでしょうか?

いえ、それは違います。

まず第一に、たしかに控え目人間は、同じ実力の強気人間に、最初はかならず負けます。おいしいところを持って行かれます。 そして後には敗北感と悔しさが残ります。
でもそこで、その悔しさをばねに控え目であっても勝利できるように努力しようとする人間は努力を重ね、実力をつけていくのです。そして控え目人間がいったん実力を持つと、強気人間とはまた違うオーラが漂い、周囲も一目置く様になります。

一方で最初に勝利した強気人間のなかには、勝者としての誇りと、根拠なき自信を元に努力をおこたる人間もいます。彼らはのちに、敗者であった控え目人間と再会し、その実力を目の当たりにし、自分が勝者ではなかった事を悟ります。
ええ、きっと悟ります! 
そうならなきゃおかしい、きいいいいい! あっ、失礼いたしました。

そうです、控え目人間でも努力すれば強気人間に負けないのです。


第二に、世の中には、『こっちが控え目なのをよい事に・・・・』という人が大勢います。俗にゆう、『人が良いのにつけ込んで・・・』というやつです。こうゆう人達には、我々は非常に無防備です。
特に飛び込みセールス系、おれおれ系に対しては、よほど気をつけないと命取りとなります。
今日お帰りになったら玄関の表札の横を見てください、小さな字で『控』の文字があればもうあなたは悪徳業者に狙われています。速やかに消しゴムで消してください(笑)

一方で、身近にいる人との関係のなかではこれがプラスになる事もあります。
なにせ、控え目人間はなめられます。
でもそれを逆手にとれば、相手の出方によって、その人となり、極端にいえば本性を見抜く事ができます。
こっちがおとなしいのを良い事に自分の有利な様に利用しようとする人もいれば、性格に関係なく付き合ってくれる人もいます。
そうです、我々は相手の態度に一喜一憂する事なく、冷静に心の中で相手を品定めすれば良いのです。

第三に、控え目は日本の美徳であり、外国人相手には通用しないという考えがあります。特に欧米人に対してはまず自己主張しないとアホだと思われる、という論客もいるぐらいです。
そういう意見に対しては私は大学時代に、一ヶ月間アメリカの大学内にある英語教室に短期語学入学した時の経験をご紹介したいと思います。

中国や韓国、アラブ、アフリカ、南米など、世界各国から生徒が10人ほど集まりましたが、初日に現地の大学生も交えてそれぞれの国の紹介や、いろんな話をするちょっとした討論会がありました。英語に自信があり、また高い旅行代のもとも取らねばと、張り切っていた私は、渡米前から練りに練っていた原稿を丸暗記して、出だしから喋りまくりました。人の話の腰を折ろうがお構いなしです。控え目で対人恐怖症の私には考えられない暴挙でしたが、俺は今アメリカにいるんだぞ的な高揚した意識がそうさせたのか、一種の興奮状態でした。それでも内容的には他のだれが話している内容にも負けない自信がありました。
『こっちは渡米一年前からニューズウィーク年間購読して読んでるんだぞこら!』的な勢いでした。

ところがです。。現地大学生も含め、だれも私の話を聞こうとしません。先生まで無視です。。
すっかり打ちひしがれた私は、それでも意地でももとは取らねばという思いで、徹底的に自分はしゃべらず、でも周りの話には相槌を打ちまくるという作戦に切り替えました。それぞれの国の人が話すくだらない、いや失礼、変わった話を聞きながらうなずき、面白くないジョークには(最初はかなり引かれましたが)ダウンタウンの浜ちゃんのような関西丸出しの大声の笑いをささげ、ひたすら人の話しを聞きまくって、メモを取っていました。

そろそろ周りの人たちも、私の相槌と笑いに慣れてきたのかなと感じ始めた時、ふとアメリカ人の学生が、「トシ、日本ではどうなんだい?」と話しを突然ふってきたのです。 いきなりです。しかも彼の言葉と同時に、最初は見向きもしなかった人たち全員が僕のことを一斉に見てきました。 しかも顔が友好的です。外人なのにニヤニヤしています。 びっくりした私は顔を赤らめながら、最初にした話しをもう一度しました。す、すると、なんとみんな、(はぁ~なるほどぉ~)という表情を顔に浮かべてうなづいてくれます。僕はその時、やっぱりどこの国にいっても、まずは相手の話聞かなあかんなぁと悟ったのです。
みなさん、控え目人間でも外国人と友達になることはできるのです。


最後に、私は決して控え目な人がいいとか、強気が悪いとかいうつもりはありません。
強気でどんどん物事にぶち当たって行って、その都度進路を変えながら実力をつけていくタイプの人もいるでしょうし、さまざまです。
要は控え目であろうが、強気であろうが、それは性格であり、それで損得を計算したり嘆いたりするのではなく、自分の性格なりに頑張れば、どんな人でも成功できると信じたいのです。
こう申し上げまして、日本控え目人間連合会会長就任の挨拶と致します。

皆様ご清聴ありがとうございました。

2011年1月16日日曜日

目が恐い。。

目が恐いと言っても、私の事ではありません。
(私はどちらかと言えば目力がないのが自慢??です)

私は子供のころから『シャイ(今は死語でしょうか(笑))』とか『照れ屋』とか言われてきましたが、中学に入った時、それがいわゆるただの『恥ずかしがり屋』という生易しいものではなく、専門用語でいうところの『対人恐怖症』レベルに近いという事を自覚しました。
・・・・・。 でも、ひょっとしたら、自分で勝手に被害妄想のように信じ込んでいるだけかもしれませんので、今から当時の私の症状を下記致しますので、皆さん自分が精神科医になったつもりで、病名をつけてコメントして下さい。(『あほ』とか『勘違い野郎』というのはお断り致します)

1. 複数の人と話をすると緊張の余り必ず下痢する。
2.英会話のECC京橋校のレッスン前は、15分程トイレにこもりっぱなしで他の生徒に迷惑をかけた。
3.人の目を見て話が出来ない。
4.人と会話中、偶発的に相手の目を見てしまった瞬間から体が硬直してしまい、二度と目を離すことが出来なくなる。
5.女性相手だとその症状が顕著になる。
6.ECCのレッスン時間よりたまたま30分早く着いて、ちょうど居合わせた同じクラスで年上のステキな女性の方に、マクドに誘われたとき、(よっしゃー! すごいで俺!初めてやないか女性と二人でマクドなんか!!チャンスやでチャンスやで)
と思いながらも、向い合わせで顔と顔が50cmぐらいの至近(?)距離だったため、やっぱり相手の目を見れず、話も出来ず、ひたすらテーブルを見続けながらハンバーガーを食べるのみ、最後に上の方を見ようとしたのが運の尽きその方と目が合ってしまい、それ以降目が離せず、この弱い目力でただボーッと相手を見つめてしまい、彼女が気持ち悪そうにしてハンバーガーを食べ残している私を後にして席を立った。
7.ECCマクドナルド事件のあと、自分なりに対策を練り、(そや!目を見るから怖いねん!!相手の頭のてっぺん見てたら目なんか気になれへん全然へっちゃらやん!)と悟り、女性相手には恵まれ無かったので、クラスの男友達の頭頂部を見ながら話していたら、『お前どこ見とんねん、あほか!』といわれ途方にくれたことがある。

さあ、いかがでしょう?
えっ? 病名なんかより、そんなお前がどうやって対人恐怖症を克服したのか知りたいって?

実は私は、「対人恐怖症なんてたいしたことないやん!」て心の底から思えるようになった瞬間、これを克服することができました。 言うは易く行うは難し。なかなかそうは簡単にいきませんでしたし、実際長い時間を必要としました。

高校時代に、こんな自分が生きる意味はあるのだろうかと真剣に悩んでいたときに、本屋でたまたま加藤締三さんの「生きる」(だったような気がします)という本を手にとって、吸い込まれるように書店で1時間立ち読みしました。
その中の「行動によって、その動機となった考えを強める」(だったような気がします)という言葉に、ガーン、と木製バッドで頭を殴られたような衝撃を受け、「これだ!」と思いました。

自分の容姿、生い立ち、素性についてのコンプレックスと同じだと思いますが、恥ずかしいと思って、
いつも意識して隠れていたり、控えめにしたりすると余計に恥ずかしい気持ちが強くなります。
逆に、「それが何だ!」、堂々と内心恥ずかしくても、むしろ表に出て行くぐらいの気持ちを持つことで、
次第に、周囲から叩かれても平気になるというか、慣れてきて気持ちに余裕ができます。

この本を読んでから、私は、どれだけ緊張して、人とうまく話せなくても、それは自分のキャラでなにも恥ずかしいことではないんだ、という気持ちでい続ける努力をして、そしてそれから10年ぐらいたって、やって、完全に対人恐怖症を克服したといえるまでになりました。

でも思いませんか?会話の上手な人は、相手の目を見つめる時間のバランスが良いってこと!
じーっと目を見ていると思いきや、適当に話題に応じて他を見たり、考えながら話すときはちょっと上の方をみてみたり。。

 対人恐怖症は克服し、女性恐怖症については今現在、職場で血のにじむような努力を重ねている私ですが、私と話をした事のある人はその時に感じたある種の違和感が、私の(これでも昔よりかなり改善したのですが)会話中の目の動きにあると、このブログを読んで初めて気付くかもしれません。しかしそれは同時に、それまで自分が無意識にしていた事を意識し出す時なのです。。

さあ、明日からあなたも私のように目をきょろきょろさせながら。。

2011年1月4日火曜日

結果よければすべて良し

あけましておめでとうございます。

私の好きな言葉というか、人生のモットーにしているのは「結果よければすべて良し」です。

えっ? と思われる方も多いかもしれません。
「結果オーライじゃゴルフは上達しないんだよ!」というゴルフ歴30年の方の怒鳴り声が聞こえてきそうです。
また、「結果が出ないなかで頑張ってる人たちの気持ちはどうするんだよ!」という多数の方々の怒りのコメントによって、ブログが炎上することも十分考えられます。

それでも私が恐れずに「結果よければすべて良し」という理由は、高校1年の時のある先生の言葉がきっかけでした。

普通科なのに大学進学が2~3割程度しかない、進学校とはとてもいえない公立高校の、その中でも優秀とはとてもいえない、目立たない普通の生徒が私でした。
勉強もできずかといってスポーツができるわけでもない現状を、仲間たちとつるんで、「どうせこの高校じゃどうにもならんから勉強する気もおこれへんわ」とふざけ合いながら、実はそうすることで劣等感や悔しさ、そして卒業したら、自分はどうなるんだろうという漠然とした不安をごまかしていました。

そんなある日、一切無駄口をきかない超真面目な数学の先生が、黒板に書く手を止めて振り返り、語り始めました。
「おまえら結果さえ出ればええんやで。結果が出れば、どこの高校だとか、それまで何してたとかそんな事全部吹き飛ばせるんやで。」

その言葉がまさに私の心の琴線に響き、何となくもやもやしていた気持ちが一気に晴れました。
その日から、それまで異常な程気にしていた周囲の目や、偏差値情報などが全く気にならず、また自分の立場を卑下することもなくなりました。
「最終的に結果さえ出せばみんなに認めてもらえる。今は出ていなくてもいつか結果さえ出せばいい」
その言葉が、どんな挫折にあっても落ち込む私を救いました。

高校1年生だった当時、今だから明かせますが、実はローマ字もろくに知らないほどの学力でした(ローマ字読みができないので、英単語の綴り1つ覚えるのも一苦労でした)。
でもそこから、興味のあった英会話学校(ECC京橋)に行き、「英会話するレベルじゃないだろ」という周囲のひやかしも全く気にせず、クラスでは”マーク”というニックネームを名乗って週2回(1回2時間)ですが、学生・社会人に交じってかたことの会話をしながら刺激を受けて、帰ってから英和辞書内の例文を丸暗記するのが習慣、というかむしろ趣味になりました。
そして1年後、英検2級に合格しました。。
すると、学校内で周囲の見る目が一気に変わりました。

「あのぼやーっとした奴」というそれまでの肩書が、「英語だけなら天才」にかわり、その後他の教科も自分なりのやり方で力をつけていくことで、肩書の中の(英語だけなら)という気になる部分も取れました。
そしてその後、幸運にも学年で唯一の国立大学現役合格を果たすことができました。

結果を意識すると、余計にプレッシャーがかかるという方もおられるかもしれません。
でも私の考える「結果」とは、周りに認められるかどうかが基準ではなく、あくまで「自分の中で満足できる結果」です。
そう考えると、周囲の目が気にならずに、プレッシャーにも強くなります。周りの意見も聞きますが、あくまでそれを消化して判断するのは自分の基準。そして、時には結果が出ないときでも、「いつか結果を出せればええねん」とむしろ楽観的になれるのです。

そしてそれは今の仕事にも生きています。
自分の中でやらねばならないと決めたことは、それがその過程でどんな反発にあっても、やり遂げて結果を出したい。そして結果さえ出れば、それまでの反発など忘れたかのように、周りも認めてくれるだろう。
そう考えながら、日々仕事をしています。

「えーっ、ほんまですか???」というスタッフの突っ込みが早くも予想されますが、年始ということで、
多少かっこつける事を許してください。

最後に、私の尊敬する某大手企業社長さんの年始の挨拶を引用します。

=QTE=
世の中に溢れかえっている【常識】をまず捨てることが肝要です。世の中の変化が大きければ大きいほど、こうしたスタンスが我が身を守ってくれると思います。私はいわゆる【常識】と称するものは、変えようがない事実という無数の点を結ぶ線のあり方だと思っています。変えようがないのは点であって、結び方の数だけ【現実】はあるにも拘わらず、たった一つの結び方だけを【常識】として疑わないのが人間の習性です。時代の変化はこの線のあり方を大きく変えます。時代の流れがどのように変わっているのかを感知し、自らの頭で点と点を結ぶ新たな線を引き、それに基づいて行動を起こすこと。。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 私の深く尊敬する大学の先輩、日本生命の社長・会長をされた故伊藤助成氏から教わった言葉があります。【坐忘】という禅の言葉です。『新しいものは古いものを捨てた余白に生まれるものだ。だから古いものをドンドン捨てなければ新しいものは得られない』。なかなか深い教えですが、言うは易く行なうは難し。私の座右の銘です。
=UQTE=

今年も、あくまで患者さん本位で、どうすればよいのかということを、これまでの常識、やり方に固執しないで、スタッフとともに作り上げていくべく努力して参ります。

2010年10月31日日曜日

四十からの挑戦

今年で40歳になりました(といっても半年前ですが)
40という節目を迎えて、男として何かに挑戦してみたいと考え悩み続けていましたが、それがやっと見つかりました。 

それは、ズバリ、「割れた腹筋」です!
「。。。」

椅子から転げ落ちそうになった方も多いと思います。しかし40になって割れた腹筋というのは並大抵のことではありませんし、そんな人は(プロスポーツ選手を除いて)そういるものではありません。
いろんな男性の腹筋を見て回ったわけではありませんが、道行く人、あるいは同世代の友人たちを見ても、服の上からでも40歳にもなれば、スイカ半分とはいかないにしても、メロン半分ぐらい膨らんでいるのがわかります。 

毎日お風呂でおなかを見ながら、「こんな腹じゃなかったのに。。」と思い続けるのが30代。それから10年もすれば、あきらめの境地になるのが普通でしょう。
細身でもじゃもじゃ頭が自慢の私でさえも、三段腹を見ながら、「もう年だから仕方ない。。」とあきらめかけていました。

そんなある日曜日の朝、もじゃ頭を寝癖でさらに爆発させながらソファーで寝ていた私は、テレビからの強烈なメッセージに一気に、頭をガーンとはたかれたような衝撃を受けました。

「スレンダートーン!こいつはすごいぜ」

「まぁほんとね!」

テレビでは恋人同士のマイクさんとナンシーさんがお互いおなかに怪しげな黒い帯を巻きながら話しあっています。どうも黒い帯の事をスレンダートーンというみたいです。
マイクさんは、どう見ても随分前から全身筋肉ムキムキなのですが、二人の話によるとスレンダートーンをつけだしてからマイクさんの腹筋が割れだしたそうです。 確かにそれをつけている間、腹筋がピクピク痙攣しているのがわかります。。

すごい。。とすっかり目を覚ました私は、それでも何とか落ち着きを取り戻そうと考え、「そんな馬鹿なことがあるか!」、と焦りながらも何とか信じまいと言い聞かせました。
どこの世界にカップルがお互い腹筋ベルトつけて鍛えながら肩を組んでビーチを歩いているのか。と
大体、マイクとナンシーの妙な笑顔が嘘っぽいじゃないか。と
この二人は俳優でギャラをもらって仕事しているだけなんじゃないか。と

しかし、そこはテレビの通販会社! 追い打ちをかけて来ました。
なんと、プロハンドボールの人気イケメン選手の宮崎選手が登場したのです。
なんと、彼が「すごくいいじゃん!」と言い放ったのです。
そして彼の完璧に割れた腹筋が画面いっぱいに広がりました。

「すてき。。」

とつぶやいた行動派の私の左手は、もう電話をつかみながらダイヤルしていました。
出てきた女性のオペレーターに「スレンダートーンください。。」と赤面して頭をかきながら注文していました。値段を聞いてびっくり、3万もします。。
後悔しました。。
騙されたと思いました。。
値段も確認せずに注文してしまった自分を責めました。。

注文してから届くまでの間も、
友人から、「あれは結局長続きしないし効果も出ないって聞いたよ」とからかわれ、

針のむしろの日々を送っていました。。

ところが。。

3週間後に送られてきたものをつけて、毎日朝晩つけるようになってから。。

4日後に、おなかが固くなってきました。

7日後に、おなかのたるみが半減しました。。

14日後に、腹筋の形が何となくですが皮下脂肪の下から見えてきました。。

今では、朝5時に起きて朝ごはんを食べながらの30分、夜8時に家に帰って晩御飯を食べながら30分、1日2回。 そして粘着性のベルトを外して鏡で自分のおなかを見るのが楽しみになりました。
からかわれた友人にも激しく抗議し、こんど焼肉をごちそうになることが決まりました。 人生がバラ色にかわってきました。

情けない四十男の挑戦ですが、とことん割れた時点で写真を公開したいと思います。
えっ、それはいらないって?(泣)