2008年3月13日木曜日

人に酔う

「陸(おか)酔い」という言葉は、船乗りだけではなく、クルーザーに乗ったり客船に乗った経験のある人達の間でもよく知られています。「船酔い」とは逆に、船の揺れに慣れてしまうと船を降りた時に、なにやら陸上が揺れている感覚に陥ることをいうのです。

でも、私にとっては、「陸酔い」よりももっと恐ろしい体験があったことをお話します。

貨物を運ぶ一般商船にどれだけの船員が乗っているかご存知ですか?私が入社ホヤホヤで初めて乗ったコンテナ船(5600個のコンテナを運び全長は280m)は、なんと11名だけでした。船長も、機関長も、航海士も、機関士も、通信士も、料理作る人も、掃除する人(そんな人はいませんでしたが)ぜーーんぶ含めてたったの11人!このメンバーで、365日24時間世界中を駆け巡るのです。
 
こんなに乗員が少なかった理由は、当時、(賃金が安い)外国船員の外国籍船に対抗し、日本人だけの少数精鋭でがんばろう!と考えてできた船(日本船籍で全員日本人)だったからで、「近代化船」と呼ばれていました。
そして私はその船に(交代者がいなかったため)1年近く乗船しました。
1年の間、11人しかいない船上で生活してきたのです。
1年の間、11人の船員と家族同様、同じ釜の飯を食ってきたのです。
1年の間、11人船員家族の末っ子として育って来たのです。

そんな生活を送ってきたいわば浦島太郎が、いざ下船し、街中の(たとえば梅田・難波の地下街のような)繁華街に来てしまったら、いったいどうなってしまうと思いますか?

私の場合、乗っていたコンテナ船を神戸で下船し、リッチにもタクシーでそのまま梅田に向かってしまったのです。忘れもしない、あれは日曜の午後3時頃、リッチにも買い物でもしてやろうと、幸福感いっぱいで地下街に下りた私に待っていたのは、人・人・人
目がかすみ、
頭痛がし、
そして完全に気分が悪くなりました。

大げさでなく、向かってくる人達の顔を見ることができず、かといってうつむくわけにもいかず、甲子園でぼろ負けしている時の原監督のように、ただ呆然と前を見ながら、歩く私の目にはうっすらと涙が浮かんでいました。本当にどうしていいのかわからないぐらい動揺しました。
(皆さんも、もし家から一歩も出ずに、1年間家族としか顔を合わせないでいて、ある日突然繁華街に出たらどうなるか想像してみて下さい)。

そしてあれから15年。。時代は変わりました。
最近では、たった11名の日本船員船より、総員30名以上の外国船員(フィリピン・ミャンマー等)船の方がはるかに人件費が安いこともあり、近代化船は消滅してしまいました。
あの当時のことを知る船員、元船員も少なくなって来ました。
だからこそ私は、今の陸(おか)の人たちに声を大にして伝えていかないといけないのです。
「人に酔う」を死語にしてはいけないのです。

。。。なんだか今日もよくわからないブログになってしまいました。
夜診から帰って、ビールがうまいと飲みながらブログを打っていると、フラフラになってしまいました。
これぞ「酒に酔う」ですね。 うまい!(どこが?)

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